シャリシャリシャリシャリ…
毎朝6時に目覚ましのように、キッチンから聴こえる音。
「ほら、ゆか。リンゴすっといたぞ」
20代の頃、激務に疲れている娘のために、
父が毎朝、リンゴをすってくれました。
本当は、すりおろしたリンゴは、あんまり好きじゃない。
でも、そのすりおろしリンゴには
父の優しさが沢山つまっている気がして、
「ありがとう」と、毎朝その優しさをいただきました。
いつだったか、私がイライラして余裕のない朝、
「お父さん、もうリンゴは大丈夫」と伝えたら、
父は「おう、そうか」とひとこと言って、
それ以来、シャリシャリの音は聴こえなくなりました。
"相手のために"と想ってとった行動が、
相手にとってありがたいものとは、限らない。
でも、そんな瞬間も、
ほんのちょっとだけ心に余裕があれば、
優しさや愛に気づいて、その優しさはちゃんと受け取れるのかもしれない。
「お父さん、ゆかちゃんが"すりおろしリンゴ"が大好きだと思って、毎日楽しそうにリンゴすってたわよ」
後日、母からそう言われて、
「うん、知ってる」とつぶやいた後、
「お父さん、またリンゴ食べたいな」
と父に嘘をついたのでした。
リンゴを見るたび、あの時の父の嬉しそうな顔を思い出します。
また、あのすりおろしリンゴ、食べたいな。